犬の前十字靭帯断裂
整形外科
【病態】
犬の膝関節には「前十字靭帯」と呼ばれる重要な靭帯があります。この靭帯は、大腿骨(太ももの骨)と脛骨(すねの骨)をつなぎ、膝関節の前後方向の動きを安定させる役割を担っています。
前十字靭帯断裂とは、この靭帯が部分的、または完全に切れてしまった状態を指します。人では、スポーツなどによる急な動きによって発症するケースが多く見られますが、犬の場合は靭帯が少しずつすり減っていく「慢性的な変性」が主な原因とされており、些細なきっかけで発症することが多いです。
特に中型から大型の犬種(柴犬、ラブラドール・レトリーバー、ゴールデン・レトリーバー、ハスキー、ロットワイラーなど)や、シニア期に入った犬に多く見られる傾向があります。
前十字靭帯が断裂すると、膝関節の安定性が失われ、脛骨が前方へ滑るような動きをするようになります。その結果、歩き方や座り方に明らかな異常が見られるようになります。
また、体重の増加や膝関節の構造的な異常に加えて、糖尿病や副腎皮質機能亢進症といった基礎疾患がある場合にも、発症のリスクが高まるとされています。
【症状】
前十字靭帯の損傷には、部分的に切れている「部分断裂」と、完全に切れてしまう「完全断裂」があります。初期の段階では、足を少し引きずる程度の軽い症状しか見られないこともありますが、徐々に悪化し、靭帯が完全に断裂すると、はっきりとした痛みや歩行障害が現れるようになります。
飼い主様が気づかれる変化として、以下のような症状があります。
・突然「キャン!」と鳴いた後から、足を地面につけなくなる
・座る時に、足を横に投げ出すような不自然な座り方になる
・散歩に行きたがらない、あるいは階段の上り下りを嫌がる
・踏ん張るような動作をしなくなり、足に力が入らない
特に小型犬では、軽度の断裂であれば一時的に症状が改善することもありますが、放置してしまうと時間の経過とともに悪化し、関節炎の発症や、ほかの部位への二次的な負担・損傷につながる可能性もあります。
【診断方法】
診断は、まず飼い主様からの問診をもとに、症状が始まった際の状況や歩き方の観察、膝関節の触診、レントゲン検査などを組み合わせて行います。
特に、膝を前後に動かして前十字靭帯の損傷を確認する「ドロワーサイン」や、関節液の異常な貯留を示す「ファットパッドサイン」と呼ばれるレントゲン所見が重要な判断材料となります。
さらに必要に応じて、関節鏡(細い内視鏡)を用い、膝関節内部を直接観察する検査を行うこともあります。この検査により、靭帯の損傷の程度だけでなく、半月板の損傷や関節炎の有無なども、より正確に評価することができます。
【治療方法】
前十字靭帯断裂の治療方法は、大きく「保存療法」と「外科手術」の2つに分けられます。
<保存療法>
保存療法では、まずケージ内での絶対安静を基本とし、あわせて消炎鎮痛薬の投与や関節内注射などが行われます。
ただし、靭帯が完全に断裂している場合や、保存療法を行っても症状の改善が見られない場合、また中型~大型犬の場合には、関節への負担が大きくなるため、早期の外科手術が推奨されます。
<外科手術>
前十字靭帯断裂に対する外科手術には、いくつかの術式があります。主な方法としては、以下のようなものが挙げられます。
・関節の外側から安定性を補強する「関節外法(ラテラル・スーチャー法)」
・脛骨の角度を調整することで膝関節の安定性を確保する「脛骨高平部水平化骨切り術(TPLO法)」
これらの術式にはそれぞれに特長があり、どの方法が最も適しているかは、愛犬の体格や年齢、日常の活動量、生活環境、そして靭帯の損傷の程度などを総合的に評価したうえで判断されます。
【予後】
前十字靭帯断裂は早期に適切な治療を行うことで、良好な経過が期待できる疾患です。
特に手術を受けた場合は術後の安静期間やリハビリをしっかりと守ることで、ほとんどの犬が再び元気に歩けるようになります。
しかし、治療を行わずに放置してしまうと、関節内の炎症が進行し、慢性的な痛みや関節の可動域の制限が残ってしまうおそれがあります。
また、片側の前十字靭帯が断裂した犬では、数年以内にもう一方の靭帯も断裂する可能性が高いため、手術後も継続的な経過観察が重要です。
術後のケアとしては、無理のない範囲でのリハビリ運動に加え、体重管理や関節サポートのサプリメントの活用など、日常生活の中でできるサポートがとても大切です。
特に体重が増えすぎると関節への負担が大きくなるため、食事内容の見直しや適度な運動を継続して行うことが、再発防止にもつながります。
さらに、定期的な動物病院での診察を通じて関節の状態をチェックし、異常の早期発見・早期対応につなげることが、愛犬の健康維持において大切なポイントとなります。
また、日常生活の中では、高いところからのジャンプや、足腰に負担のかかる激しい運動を避けることも、再発や新たな靭帯損傷の予防につながります。
万が一、愛犬の歩き方に違和感やこれまでと違う動きが見られた場合には、お早めに当院までご相談ください。