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僧帽弁閉鎖不全症

循環器科

【病態】

僧帽弁閉鎖不全症は、犬の心臓疾患の中でも特に頻繁に見られる病気の一つです。

僧帽弁は心臓の左側に位置し、左心房と左心室の間にある重要な弁であり、心臓が収縮するときに血液が左心室から左心房へと逆流しないようにする役割を担っています。

しかし、僧帽弁に何らかの原因で異常が生じると、僧帽弁は正常に閉じなくなり、結果として血液が左心室から左心房へ逆流してしまいます。この状態が僧帽弁閉鎖不全症です。

この病気の中でも僧帽弁が分厚く変形し、動きが鈍くなる僧帽弁粘液腫様変性という疾患が最も一般的です。

僧帽弁が正常に機能しなくなると、心臓内で血液が逆流し、左心房が肺からの血液と左心室から逆流してきた血液で過剰に満たされることになります。この結果、心臓は徐々に大きくなり、心機能の低下や、肺水腫などの症状が現れます

犬の僧帽弁閉鎖不全症の原因はまだ完全には解明されていないものの、チワワ、トイ・プードル、ミニチュア・シュナウザー、ポメラニアンなどの小型犬種でよく見られることから、遺伝的な要素が関与していると考えられています。

 

【症状】

アメリカ獣医内科学会 (ACVIM)は、犬の僧帽弁閉鎖不全症の進行度を評価するために病態を5つのステージに分けることを推奨しています。この分類は、日本のほぼ全ての動物病院でも採用されており、以下のように定義されています。

 

ステージ A現時点で心臓に異常は見られないものの、将来僧帽弁閉鎖不全症になる可能性が高い犬種は注意が必要

 

ステージ B1:心雑音、僧帽弁の変性、僧帽弁逆流は確認できるものの、心拡大は見られない

 

ステージ B2:心雑音、僧帽弁の変性、僧帽弁逆流に加え、心拡大も確認される

 

ステージ C咳や息切れなどの臨床症状があり、過去に肺水腫を経験したことがある

 

ステージ D標準的な治療に反応しない、末期の心不全兆候を示す

 

ステージA、B1、B2の初期段階では、咳や息切れといった特徴的な症状を示さず、多くが無症状であるため、飼い主様がこの病気の存在に気づかないことが多く、健康診断や他の病気の治療中に偶然見つかるパターンがほとんどです。

 

僧帽弁閉鎖不全症が進行すると心臓内に余分な血液が溜まり、心臓が大きくなります。この拡大した心臓が気管を押し上げることで、気管が刺激されて咳の症状が見られます。

さらに進行すると、息切れ、息苦しさ、運動不耐性(少しの運動で息が切れ、疲れやすくなる)元気の消失、肺水腫による呼吸困難といった症状が現れます。

 

このような明らかな臨床症状が出ている場合は、病気はすでに進行しており、治療効果が得にくい状況になっています。そのため、僧帽弁閉鎖不全症では早期発見と早期治療が非常に重要です。

 

【診断・治療】

僧帽弁閉鎖不全症の診断は、聴診器を用いた聴診、レントゲン検査、超音波検査、そして心電図検査など、複数の方法で行われます。

聴診により、僧帽弁が適切に閉鎖せず血液が逆流する際に生じるザッザッという特有の心雑音を検出できます。

レントゲン検査では心臓の形や大きさを客観的に評価し、肺水腫の有無も確認することが可能です。

さらに、超音波検査では、僧帽弁の動きや厚さ、血液逆流の有無、心臓の収縮具合などをリアルタイムで観察し評価することができるため、僧帽弁閉鎖不全症の診断において必須の検査です。

 

僧帽弁閉鎖不全症の治療は病状のステージによって大きく異なります。

 

ステージ A現時点で心臓に異常がないため、治療の必要はありませんが、年に一度のレントゲンや超音波検査を推奨します。

 

ステージ B1薬による治療は行わず、経過観察を行います。半年ごとにレントゲンや超音波検査を実施してステージが進行していないか確認します。

 

ステージ B2:ピモベンダンという強心薬を用いて内科的治療を開始します。高血圧が見られる場合は降圧剤や血管拡張薬などの使用を考慮します。

 

ステージ C:強心薬に加えて、肺水腫治療のための利尿剤や降圧剤を追加します。肺水腫による呼吸困難が見られる場合は酸素投与による呼吸管理も実施します。

 

ステージ D症状の緩和を目的とした高用量の利尿剤やピモベンダン、降圧剤などを用いてQOLの改善を狙いますが十分な治療効果が得られないことがほとんどです。

緩和ケアや安楽死も治療の候補にあがる場合があります。

 

内科治療はステージの進行を少しでも遅らせるためのものであり、完治させる根本治療ではありません

 

僧帽弁閉鎖不全症の完治を目指す場合は、僧帽弁形成術などの外科的治療を行う必要があります。

今はステージCやDでも心臓外科で治療が必要ないレベルまで改善させることも可能になりました。心臓外科ができる病院は限られてはいますが、外科の選択肢も提案できるようになってきています。

 

【予後】

病状がステージB1までの段階で治療を開始すれば平均余命が80ヶ月以上であるのに対して、ステージB2やCから治療を行うと、平均余命は33ヶ月まで短くなってしまいます。さらに進行してステージDに至ると平均余命はわずか9ヶ月となってしまいます。

 

普段から定期的に健康診断を受けて病気を早期に発見し、治療を開始することが極めて大切です。僧帽弁閉鎖不全症について気になることやご心配がある場合は、お気軽にご相談ください。

 

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