乳腺腫瘍
腫瘍科
【病態】
乳腺腫瘍は乳腺細胞の一部が腫瘍化して、しこりができる病気です。
犬においては、メスの犬の中で最も多い腫瘍であり、約35〜50%が悪性です。一方、猫では約80〜90%が悪性であるため、特に注意が必要です。
乳腺腫瘍の特徴は、有効な予防法がある数少ないがんの一種ということです。初回の発情 (小型犬で生後約6〜8ヶ月、猫で生後約6〜12ヶ月頃)を迎える前に避妊手術を行うことで、乳腺腫瘍の発生率を限りなく抑えることができます。
具体的には、避妊手術をしていないメスの犬では約4頭に1頭(約20〜30%)が乳腺腫瘍を発症する可能性がありますが、初回発情前に手術を行うとその確率は約200頭に1頭(約0.5〜1%)にまで低下します。猫においても、初回発情前の避妊手術により乳腺腫瘍の発生率を80〜90%減少させられたというデータもあります。
これらのことから、避妊手術は乳腺腫瘍を予防するための非常に効果的な手段と言えます。
【症状】
一般的に犬の乳腺は5対、猫の乳腺は4対あり、乳腺は胸部から下腹部にかけて広がっています。頭側の乳腺は脇の下のリンパ節(腋窩リンパ節)に、尾側の乳腺は鼠径リンパ節につながっています。
乳腺腫瘍ができると、まずはじめに「しこり」ができます。
しこりの数は1つだけとは限らず、脇の下付近から下腹部、内股までに複数のしこりができる場合もあります。
悪性の腫瘍の場合には、腫瘍細胞は急速に増殖し、皮膚が自壊(皮膚が破けて出血や壊死を起こす)したり、血管やリンパを通じて他の部位に転移することがあります。
この転移は肺や肝臓などの重要な臓器に及ぶことがあり、特に肺への転移は呼吸困難を引き起こすことがあります。
また、炎症性乳がんという極めて悪性度の高い腫瘍では、患部に熱感や痛みを伴い、食欲低下などを起こしている場合もあります。
【診断・治療】
乳腺のしこりを視診や触診で発見した際は、まず乳腺腫瘍を疑います。そして、しこりが腫瘍かどうか、また良性か悪性かを推測するために、細い針を用いてしこりから細胞を採取する細胞診検査を行います。
腫瘍が疑われる場合、次に乳腺腫瘍のステージ分類、手術の可否、そして全身の他臓器への転移の有無を確認するために以下のような追加検査を行います。
・リンパ節の転移をチェックするためのリンパ節の細胞診検査
・全身状態を評価し手術の可否を判断するための血液検査
・肺や肝臓など他の臓器への転移を確認するためのレントゲン検査
・腹部のリンパ節への転移を確認するためのエコー検査
犬・猫ともに乳腺腫瘍の治療は外科的切除が基本となります。
犬の場合、治療予後が比較的良好で、特に腫瘍が小さい場合は手術だけで根治を目指すことが可能です。一方猫では、早期に治療を行わないと予後が悪化する傾向にあります。
乳腺腫瘍の転移が見られない場合は、腫瘍を丸ごと摘出し、摘出した腫瘍を病理検査に回します。病理検査では、腫瘍を適切に切除しきれているか、腫瘍が良性か悪性かを判断します。
しかし、乳腺腫瘍が他の臓器へ転移している場合、手術だけでは根治が困難であり、手術の適応外となることがあります。
このような場合、疼痛管理を中心とした緩和ケアや転移したリンパ節への放射線治療などが実施されます。
ただし、腫瘍の自壊が予想される場合などには、生活の質(QOL)を維持する目的で、獣医師の判断により手術が検討されることもあります。
【予後】
良性の乳腺腫瘍については、外科手術によって根治が可能です。一方、悪性腫瘍の予後は、腫瘍のタイプ、大きさ、及びステージ(主に転移の有無や程度)によって大きく異なります。
特に、犬の乳腺腫瘍においては、腫瘍の大きさが最も重要な予後因子の一つであり、直径が3cm未満の場合には比較的予後が良好とされています。しかし、炎症性乳がんのように極めて悪性度が高い腫瘍の場合は、予後は非常に悪いです。
猫の乳腺腫瘍においても、犬と同様に腫瘍のタイプ、大きさ、ステージが予後を左右します。猫では、腫瘍の直径が2cm未満の場合に良好な予後が期待できるとされています。
乳腺腫瘍は、動物において数少ない予防可能な腫瘍の一つです。そのため、繁殖の予定がない場合には早期に避妊手術を受けることが推奨されます。
また、日頃から愛犬や愛猫のお腹を触って、しこりなどの異常に早期に気付けるようにすることが大切です。