特発性肺線維症
呼吸器科
【病態】
犬の特発性肺線維症は間質性肺疾患の一種で、犬では珍しい病気です。
肺は体に酸素を取り込み、二酸化炭素を排出するための重要な臓器で、空気を取り込む肺胞と毛細血管とが複雑に絡み合っています。この肺胞の壁やガス交換を行う部屋である肺胞を取り囲んで支持している組織を間質といいます。
肺線維症は肺の間質が線維化し、蜂の巣のように硬く変化することで正常に機能しなくなり、酸素の取り込みが困難になります。
特に中〜高齢のウエスト・ハイランド・ホワイト・テリアに見られることが多く、慢性的で進行性の疾患であり、一度進行すると元の状態には戻りません。
「特発性」とは原因が不明であることを意味しますが、遺伝的要因や他の呼吸器系疾患(気管虚脱、気管支軟化症、気管支炎など)との関連が疑われています。
この病気にかかると、肺の間質が線維化し線維芽細胞や筋線維芽細胞が過剰に増殖するため、肺が硬くなり十分に膨らまなくなります。
これが原因で、慢性的な呼吸困難や低酸素血症を引き起こし、呼吸が苦しくなってしまいます。
【症状】
犬の特発性肺線維症の主な症状は低酸素血症によるものです。初期段階では非常に微妙で、しばしば見過ごされがちですが、症状が進行すると以下のような症状が見られます。
・呼吸が浅く、速い
・苦しそうにお腹を使って呼吸をしている
・咳をする(特に運動時や運動後)
・長時間の散歩ができない
・あまり動きたがらない
・舌が青白〜青紫に変色している(チアノーゼ)
・元気食欲が低下している
・失神する
特発性肺線維症が進行すると肺高血圧症が二次的に発生することがあり、肺高血圧症に関連した右心不全を併発することがあります。
右心不全になると、腹水による腹囲膨満や胸水の貯留を認めることもあります。
【診断・治療】
犬の特発性肺線維症の確定診断は胸部CT検査と肺の病理組織学的検査(肺の組織の一部を切り取って調べる)が必要となるため、大学病院や高度二次専門病院などでない限りは、確定診断をすることは現実的ではありません。
そのため、犬種や症状、経過などから推定診断を行い、治療を進めていくことになります。
一般的な動物病院では下記のような検査を行い、結果を総合的に考慮して推定診断を行います。
・心音と肺音の聴診
・胸部X線検査
・血液検査
・超音波検査(主に心臓と肺)
・気管支鏡検査
・胸部CT検査
残念ながら犬の特発性肺線維症に対する特定の治療法はまだ確立されていないため、対症療法を通じて、犬が快適に過ごせるために最大限のサポートを行います。
具体的には、低酸素血症による呼吸困難を防ぐための酸素療法や、肺線維の炎症を抑えるステロイドを使用して少しでも呼吸が楽になるように管理を行います。酸素療法はレンタル酸素室を用いてご自宅で行っていただくことがあります。
また、肺高血圧症や右心不全のコントロールも重要であるため、必要に応じて心臓の薬などを併用することもあります。
日常生活においては、犬の肺への刺激を最小限に抑えるため、たばこ、香水、芳香剤の使用を避け、首輪ではなくハーネスを使用するようお勧めしています。
さらに、肥満は呼吸状態を悪化させる可能性があるため、適切な体重管理が推奨されます。
【予後】
特発性肺線維症を抱える犬の長期的な見通しは、残念ながら有効な治療法がまだ見つかっていないため、良好な予後が期待できません。しかし、肺高血圧症による右心不全などを防ぐ治療は重要です。
平均的な予後は1年程ですが、わずかにそれより長く生きる症例も報告されています。
運動をしてもすぐに疲れる、咳が出る、呼吸が苦しそうなどの症状がある場合は、特発性肺線維症の可能性を示す兆候であるかもしれません。気になる症状が見られたら早めに獣医師に相談しましょう。