歯の破折
歯科
【病態】
犬や猫の歯の破折(歯が折れる・欠ける)は日常的に起こりうるケガです。
たとえば、犬では硬い玩具やおやつを噛んでいて上顎の犬歯が根元から折れてしまうケース、猫の場合は喧嘩や落下事故で犬歯の先端が欠けるケースなどがよくみられます。
歯の破折にはいくつかの段階があります。どの層まで破折しているかによって、痛みの程度や感染リスク、治療方針が大きく異なります。
歯は外側から「エナメル質」「象牙質」「歯髄(しずい)」の3層からできており、破折の場所・深さによって分けて考えられます。
<表層の欠け(エナメル質のみ)>
歯の表面が少し欠けた程度の状態です。痛みはほとんどなく、緊急性は低いことが多いです。
ただし、欠けた部分が鋭利になっていると、舌や頬の粘膜を傷つけることがあるため油断はできません。
<象牙質まで露出している状態>
エナメル質の下にある象牙質が露出すると、刺激に敏感になります。冷たい水を飲んだり、硬いものを噛んだりするときに痛みを感じることがあります。
また、象牙質には無数の細かい管があり、そこから細菌が侵入しやすくなります。
<神経(歯髄)まで達している破折>
最も深刻なのが、歯髄まで達する破折です。神経が露出することで、強い痛みが生じます。
また、歯髄には血管が通っているため、当然出血が生じ、口腔内の細菌が血流に乗って全身に広がるリスクもあります。
歯髄まで達した破折を放置すると、以下のような経過をたどることが多いです。
・細菌が歯髄に侵入:口の中の細菌が、露出した歯髄に感染します
・歯髄炎・歯髄壊死:神経が炎症を起こし、やがて神経が壊死してしまいます
・根尖膿瘍(こんせんのうよう):細菌が歯の根元にまで達し、膿がたまります
・顔の腫れ・痛みの慢性化:根元の炎症が広がり、顔が腫れたり、慢性的な痛みが続いたりします
そして細菌が血流に乗り、心臓や腎臓など他の臓器にダメージを与えるような「全身への影響」に至ることもあります。
【症状】
歯の異常に気づくために重要なのは「歯が折れているけれど元気そうに見える」場合があると理解しておくことです。
犬や猫は、野生の本能から痛みを隠す習性があります。「食欲もあるし、遊んでいるから大丈夫」と安心せず、少しでも気になることがあればすぐにご相談ください。
そして、注意深く観察すると飼い主様でもいくつかのサインに気づけることがあります。
◆ 食べ方が変わる、片側だけで噛む
破折した歯がある側を避けて、反対側だけで食べるようになります。食事中の顔の傾きで異常に気づくこともあります。
◆ 硬いものを避ける
今までは喜んで食べていたドライフードや硬いおやつを避けるようになります。
柔らかいものばかり食べるようになったら、口の中に痛みがある可能性があります。
◆ 口元を触られるのを嫌がる
以前は平気だったのに、口元や顔を触ろうとすると嫌がる、逃げる、唸るようになった場合、口の中に痛みがあるサインかもしれません。
◆ よだれ、口臭の変化
破折から細菌感染が起こると、よだれが増えたり、口臭が強くなったりします。
特に、血が混じったよだれや、腐敗臭のような口臭は要注意です。
◆ 遊び方や性格の変化
歯の痛みがあると、活動性が低下することが多いです。
「遊びへの興味を失い、おもちゃを噛まなくなる」「元気がなく、寝ている時間が増える」などの変化は「年齢のせい」と思われがちですが、実は歯の痛みが隠れていたということもあります。
食べ方の変化に加えて、遊び方や性格も変わったら口の痛みを疑ってみても良いでしょう。
【診断】
歯の破折は、見た目には表れずに内部で痛みや感染が広がっていることがあります。正確な診断のために、獣医師は多角的にチェックをしていきます。
◆ 歯と口腔内のチェック(視診)
まずは、以下のような観点で口の中を直接見て確認します。
・歯の欠け、折れ
・歯の茶色や黒っぽい変色
・歯髄の露出の度合い
・歯、歯茎からの出血
歯髄 (神経)が炎症や壊死している場合、ピンク色や赤黒い部分が見え、歯全体も変色していきます。
◆ 歯科レントゲン検査
見た目だけではわからない歯の根元や顎の骨の異常を確認します。
たとえば、強い衝撃を受けて歯が折れた場合、見た目は歯が折れているだけでも顎の骨にも骨折が生じている可能性があるためです。
これらの情報をもとに、痛みの有無・感染の広がりを総合的に評価し、治療方針を決定します。
【治療】
歯の破折の治療は、破折の深さや感染の有無によって異なります。
◆ 軽度な欠け:経過観察や研磨対応
エナメル質だけが少し欠けている程度であれば、緊急性は低いです。
欠けた部分が鋭利になっている場合には、研磨処置を行うこともあります。表面を滑らかにすることで、舌や頬の粘膜を傷つけるのを防ぎます。
◆ 神経が露出している場合:歯内治療や抜歯の検討
歯髄まで達する破折の場合、以下の選択肢があります。
「歯内治療(根管治療)」は人間の歯科治療と同じように、神経を取り除いて歯を残す治療法です。
ただし、専門的な技術と設備が必要で、費用も高額になります。
また、犬や猫の場合、術後の管理が難しいこともあり、すべての症例で選択できるわけではありません。
感染が進行している場合や、歯の根が傷んでいる場合には「抜歯」が推奨されます。痛みの原因を根本から取り除くことができます。
◆ 感染が進んでいる場合:早期処置が重要
根尖膿瘍が形成されている場合、放置すると感染が全身に広がるリスクがあり、早期の抜歯処置が必要です。
抜歯後は、速やかに抗生物質や痛み止めを併用し、感染のコントロールと痛みの管理を行います。
<抜歯について>
「抜歯=最終手段」ではなく、痛みを取り除くための選択肢です。多くの飼い主様が「抜歯はかわいそう」と感じられるようです。
しかし、抜歯をすることで、痛みが消えて、食欲が戻り、元気になるケースがほとんどです。犬や猫は歯が数本なくなっても、問題なく食事ができるのでご安心ください。
抜歯は原則、全身麻酔を必要とします。麻酔にはリスクが伴いますが、適切な術前検査と麻酔管理を行うことで、安全性を高めることができます。
特に高齢犬や持病がある場合には、事前に血液検査やレントゲン検査を行い、麻酔のリスクを評価します。
当院では、麻酔のリスクや治療・手術で得られるメリットまで丁寧にご説明いたしますので、気になることがあれば何でもご質問ください。
【予後】
骨折は自然に治癒することがありますが、歯の破折は元に戻りません。
だからこそ、残った歯を守り、健康な口の状態を保つ予後の管理が重要です。
抜歯直後は、多少の違和感や出血がありますが、通常1〜2週間で傷口は治癒します。
痛み止めや抗生物質を処方しますので、指示通りに飲ませてください。
まずは柔らかい食事から始め、徐々に通常の食事に戻していきます。
再発を防ぐためには日々の環境や遊び方の工夫・見直しも必要です。
犬や猫が口にしやすいプラスチックや木の棒、硬い骨は破折のリスクが高く、扱いに注意が必要です。
玩具は飲み込むことができない柔らかいゴム製や布製のものがおすすめです。
引っ張りっこ遊びは、歯に強い力がかかるため、無理に引っ張らず、適度な力で遊びましょう。
また、定期的に動物病院で歯科チェックを受けることをおすすめします。経過を観察し、変色や痛みのサインがないかをチェックします。早期に異常を見つけることで、大きなトラブルを防げます。
歯は一度折れたら戻らないものですが、適切な診断と治療を行えば、元気に過ごせるようになることがほとんどです。
歯の破折について、少しでも気になることがあれば、お気軽に当院までご相談ください。



