甲状腺機能亢進症
内分泌科
【病態】
甲状腺機能亢進症は、甲状腺から甲状腺ホルモンが過剰に分泌されることにより、食欲旺盛にもかかわらず痩せていくといったさまざまな症状を引き起こす病気です。
特に、10歳以降のシニア猫によく見られます。人間の場合は「バセドウ病」という名前で知られています。
甲状腺は喉の気管の両脇に左右1対(計2個)存在する小さな臓器で、サイロキシン(T4)やトリヨードサイロニン(T3)という甲状腺ホルモンを分泌します。
通常これらのホルモンの分泌量は、脳にある下垂体という臓器から分泌される甲状腺刺激ホルモン(TSH)によって適量に調節されています。
しかし、甲状腺機能亢進症では、甲状腺に結節性過形成(細胞が結節状に肥大する)、腺腫(良性腫瘍でポリープの一種)、または腺癌(悪性腫瘍)が発生することにより、甲状腺ホルモンの分泌量が異常に増加してしまいます。
甲状腺ホルモンは身体の代謝を活発にする働きを持つため、これが過剰になることで代謝やエネルギー消費のバランスが崩れ、さまざまな症状が現れます。
【症状】
甲状腺ホルモンは、特定の臓器にだけ働きかけるのではなく、全身の新陳代謝やエネルギー消費、交感神経の刺激など多種多様な機能を持つため、甲状腺ホルモンが過剰になると全身に症状が現れます。
猫の甲状腺機能亢進症の主な症状は以下の通りです。
・気管の横の甲状腺が腫れる(注意深く触ると甲状腺が分かることがあります)
・食欲は増えるのに体重が減少する
・攻撃性が増す
・普段より活動的になる
・多飲多尿(水を多く飲み、尿の量も増える)
・下痢、嘔吐
・毛並みが悪くなる(毛がボソボソとして毛艶がなくなる)
・心拍数の増加
・高血圧
一般的に、猫の甲状腺機能亢進症では「活発でよく食べるけど痩せてくる」と言われます。しかし、元気や食欲が低下することもあるため、あまり症状にとらわれすぎず、異変を感じたらすぐに動物病院を受診することが大切です。
【診断・治療】
猫の甲状腺機能亢進症は診断の助けとなる特徴的な症状を示さないため、飼い主様や獣医師でさえも見落としてしまうことがあります。
高齢の猫で、食べる量に比べて体重が減ってきたり、どこか元気や食欲がないなどのぼんやりした体調不良があった際には、甲状腺機能亢進症を疑い検査を進めます。
甲状腺機能亢進症の検査には、いくつかの方法があります。
・身体検査(毛並みや興奮性、甲状腺が腫れていないなどを確認する)
・血液検査(血中T4濃度の上昇や、肝数値であるALTやALPの上昇を確認する)
・超音波検査(甲状腺に超音波を当てて、大きさを測定する)
初期の甲状腺機能亢進症や、慢性腎臓病など他の病気をもっている場合には、血中T4濃度の上昇が確認できないことがあります。そのため、一度の血液検査で異常が認められなくても、甲状腺機能亢進症を強く疑う場合は、後日に血中T4濃度を再測定するか、別の指標である血中遊離サイロキシン濃度(fT4)の測定を行うことがあります。
甲状腺機能亢進症の治療法には、内科治療、外科治療、食事療法の3つがあります。
最も一般的な内科治療では、抗甲状腺薬という甲状腺ホルモンの合成を抑える薬を用います。基本的には生涯にわたって服用し続ける必要があります。
また食事療法では、ヨウ素制限食を与えることで、甲状腺ホルモンの生成を抑えることができます。
内科治療や食事療法で症状をうまくコントロールできない場合には、外科治療が実施されることがあります。外科治療では、腫大した甲状腺を摘出する手術が行われますが、全身麻酔等のリスクが高い場合や、術後に医原性低カルシウム血症や甲状腺機能低下症が発生する可能性もあるため、状況に応じて手術を検討することとなります。
【予後】
猫の甲状腺機能亢進症は、抗甲状腺薬を継続して服用することで基本的には予後が良好な疾患です。
しかし、シニア猫は慢性腎臓病を併発していることが多く、甲状腺の治療を開始した際には特に注意が必要です。というのも、甲状腺機能亢進症では腎臓の血流量が増えており、これにより慢性腎臓病を隠してしまっていることがあるためです。
甲状腺の治療によって慢性腎臓病の影響が表面化した場合には、腎臓病のステージや甲状腺機能亢進症の重症度を考慮して、バランスを取りながら治療を行う必要があります。
シニア猫で、何だか痩せてきた、たまに吐くようになったなど小さな違和感を覚えた際には、この病気が隠れているかもしれません。目立った症状が見られなくても、早期に動物病院を受診しましょう。