肥満細胞腫
腫瘍科
【病態】
肥満細胞腫は、免疫に関わる肥満細胞が腫瘍化して、皮膚や皮下にしこりを作ったり、リンパ節や全身の臓器に転移したりする病気です。「肥満」という言葉が入っていますが、太っているから発生するわけではありません。
特に犬に多く見られ、犬の皮膚腫瘍の中では最も多い腫瘍です。猫の場合も、線維肉腫や扁平上皮癌に次いでよく発生します。
肥満細胞腫には、皮膚にしこりができる皮膚型と、まれに脾臓や肝臓など全身の臓器に腫瘍ができる内臓型があります。
また、肥満細胞腫はその悪性度によってグレード1~3の3段階に分類されます。
<グレード1>
最も悪性度の低い肥満細胞腫です。皮膚表面に1cm以下の小さなしこりとして現れることが多く、周囲の組織に広がることはほとんどありません。そのため、比較的簡単な手術で切除すれば治癒することが期待できます。
<グレード2>
中程度の悪性度を持つ肥満細胞腫です。転移の可能性は低く、腫瘍とその周囲の組織を十分に切除することで多くの場合治癒します。
ただし、まれに近くのリンパ節や全身の臓器(脾臓や肝臓など)に転移することがあるため、注意が必要です。
<グレード3>
最も悪性度の高い肥満細胞腫で、成長が早く、急速に進行します。診断時点で既にリンパ節や全身の臓器に転移していることが多く、単純に腫瘍を切除するだけでは根本的な治療になりません。
外科手術に加えて、分子標的薬や放射線療法などを組み合わせて治療を行う必要がありますが、治療は非常に難しい場合があります。
【症状】
肥満細胞腫は、発生する部位やタイプによって症状が異なります。
<皮膚型肥満細胞腫>
典型的な肥満細胞腫で、赤く腫れたできものが体幹~お尻、足、頭などに現れます。腫瘍は時間とともに大きくなり、皮膚にしこりができるほか、腫瘍が皮膚を突き破り、血や体液で表面がぐちゅぐちゅすることがあります。また、皮膚が赤くなることもよく見られます。
<内臓型肥満細胞腫>
このタイプは、脾臓や肝臓などの内臓やリンパ節に転移し、それぞれの臓器に関連した症状を引き起こします。
主な症状としては、元気がなくなる、食欲が減る、体重が減少する、嘔吐、下痢、貧血などがあります。
また、腫瘍細胞内にはヒスタミンなどの炎症を引き起こす物質が多く含まれています。
しこりに触ったり、検査のために針を刺したりすることで、これらの物質が放出され、炎症が全身にまで波及することがあります。
具体的には、腫瘍の周囲が赤く腫れて蕁麻疹が起こる(ダリエ徴候)、嘔吐、下痢、重度の場合は胃潰瘍やショック(血圧低下)などです。
これらの症状を防ぐために、検査前に抗ヒスタミン薬を投与する場合もあります。
【診断・治療】
肥満細胞腫の診断は、見た目だけでは難しいため、まずは腫瘍に針を刺して細胞を採取する細胞診検査を行います。肥満細胞腫の細胞は、細胞内に豊富な顆粒を持つ特徴的な所見が見られるため、通常は細胞診だけで診断が可能です。
しかし、正確な悪性度を評価するためには、手術で切除した腫瘍組織を病理組織診断に出す必要があります。
また、腫瘍が転移していないか確認するために、レントゲン検査や超音波検査、CT検査などを用いて全身を評価します。
最も効果的な治療法は、手術によって腫瘍とその周囲の正常な皮膚を一緒に除去することです。
特にグレード2以上の肥満細胞腫では、顕微鏡レベルで腫瘍細胞が周囲の組織に浸潤していることが多く、腫瘍だけを切除しても再発するリスクが高いです。
そのため、腫瘍の周囲2〜3センチの正常組織を含めて摘出することが重要です。
手術だけで腫瘍を完全に取り切れない場合や、全身に転移している場合は、抗がん剤を併用します。また、c-kit遺伝子の突然変異が肥満細胞腫の発生に関与しているケースがあり、腫瘍細胞にこの変異が見つかった場合は、イマチニブなどの分子標的薬を投与することで大きな治療効果が得られる可能性があります。
【予後】
肥満細胞腫の予後は、グレードによって大きく異なります。
<グレード1>
外科手術のみで根治することがほとんどで、その後の予後も極めて良好です。
<グレード2>
手術で腫瘍を完全に取り切ることができれば、予後は良好です。ただし、一部のグレード2ではリンパ節に転移が見られ、再発することもあるため、経過観察には十分注意が必要です。
<グレード3>
この場合の予後はかなり厳しく、犬における過去の報告では、外科治療を行っても1年生存率は46%とされています。しかし、グレード3でも治療を行うことで生活の質(QOL)の改善につながるため、決して治療が無駄というわけではありません。
どのようなグレードにおいても、早期発見と適切な治療が重要です。獣医師としっかり相談しながら、最適な治療法を選びましょう。